Vol.6 道具の美を極める

コラム


作品:藤田謙
2017個展及び作品集より

 私が在籍していた当時東京藝大工芸科では、3年から選択した科に属して学ぶ。私は、彫金を選択した。そこで、最初に作ったのが自分専用の「道具」である。無数の「金づち」の頭と「柄」や「鏨(たがね)」と言われる金属を削る「ノミの刃」にするための「鋼(はがね)」の「棒」を渡された。それらを一つ一つ「削って」「研いで」自分の「道具」を作ることから始まる。当時の私はその「意味」を理解できず、はやく作品を創りたくて「うずうず」していた。「なんでこんな面倒なことをするのだろう」とさえ、思っていた。

しかし、様々な経験を経た今だから理解できる。「道具」は人間が生み出した、最高の発明だ。知恵の「集合」であり、創りだす「作品」や「アウトプット」に欠かせない。「道具」の良し悪しにより、作品の出来は変わる。良い「道具」は良い「作品」や「アウトプット」を生みだす。

「コンピュータ」に例えると、買ってきたばかりの「コンピュータ」や「スマホ」の「デスクトップ」に自分専用の「ショートカット」を作ったり、「フォルダ」を整理したり、場合により、「マクロ」を組んでボタン一つで複数の作業を一瞬で終えるように「カスタマイズ」する。一方で「デスクトップ」の背景を「家族や恋人の写真」や「きれいな風景写真」などにしている方も多いと思う。

「道具」をカスタマイズする目的は「2」つある。「1」つは、ショートカットなどを用いて「機能」を向上させ「生産性」を上げるため。もう一つは、自分の好みの「デザイン」にすること。人は「感情」の生き物であり、「2」つ目の「自分好みのデザイン」にした「道具」を使うことで、仕事をさらに「快適」にし、「豊かな気持ち」になれると考える。場合により、それを眺めているだけで、「心豊か」になる。毎日使うからこそ、自分の感性にあった「道具」を使うということは、とても重要なのだ。

今、開催されている個展で展示されている「藤田謙」の作品は、藤田の感性により創造された、究極の「道具」である。先に述べたように、「道具」は使えることが必要条件であり、全ての作品はゼロから作られた手作りでかつ、「道具」として使えるという。さらにデザイン性において藤田の感性が「道具」そのものをアート作品にしている。「金づち」の上部に、金色の家の屋根を思わせる形がある。柄のフォルムも柔らかく有機的である。展覧会会場で作品に囲まれたていると、言葉では説明しにくいが、「わくわく」する。「道具」を触りたくなる。そして何かを作りたくなる。そんなエネルギーを提供してくれる作品展であった。
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写真:藤田兼

AIS代表 渡邉 二郎


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